会社辞めましたー退職のワクワク感と正体不明の喪失感

会社を辞めました。
会社を辞めるのは初めてではありませんが、これまでは転職先を決めてから辞めていました。
そのため、大学を卒業して十数年経ちますが、来月から初めて組織に属していない期間が発生します。
稼ぐあては無いのですが、多少の蓄えはあるので、しばらくはいろいろ試してみたいと思います。
もう一生会社員はしたくないと思うのですが、旗色が悪かったら選考で不利にならないうちに就職するかもしれません。
 
さて、退職を決めて引き継ぎをしている間はこれから自由が待っていると期待でいっぱいでした。
ただ、最終出勤日の前日あたりから原因不明の喪失感が出てきました。
今日は、ちょっとここらへんについてお話したいと思います。
脱会社員を考えている方や、最終出社日の後の喪失感をお持ちの方の参考になりますように。
 

退職のワクワク感

1.職場が嫌いな25の理由

それにしてもサラリーマンはだるいです。
私は以前いつまでもサラリーマン続けたくないと思い始めた時期に、phaさんのような非所属で生きてる人たちの本を読み漁っていました。
その中の一冊に「働かないってワクワクしない」というダウンシフトの本があります。
その中で圧巻だと思うところが、同書の5章に出てくる「職場が嫌いな25の理由」というところです。
ちょっと多いのですが、25個とも引用します。
 
職場が嫌いな25の理由
1.リストラの結果、仕事量が多くなりすぎている
2.陽がさんさんと照っているのに、一日中オフィスに縛り付けられる
3.上にいるベビーブーム世代がやめないので、少なくともあと15年は昇進の機会がない
4.10年前に首を切られているべき世間知らずや役立たずと一緒に働かなければならない
5.激しい競争、裏切り、作り笑いを伴うオフィス内の権力闘争
6.生産性は低いのに、長く勤めているというだけで、自分より多くの給料を得ている人がいる
7.毎日、交通渋滞の中を片道1時間かけて通勤する
8.一日中机に向かっているー体に悪い
9.日常業務が忙しすぎて考える時間がない
10.不必要なペーパーワーク、何の意味もないメモと誰も読まない報告書
11.他の部署からの協力がない
12.上司が部下に言う事と役員に言う事が全然違う
13.通常で2時間以上の会議ーそれでも何も決まらない
14.休暇を取れと言われてもそれを拒否する、胸が悪くなるような仕事中毒者と一緒に働かなければならない
15.一年で一番良いシーズン(私の場合は夏)に休暇を取れない、融通の利かない休暇スケジュール
16.仕事が多すぎるので、従業員に休暇の権利を全部行使しないように求める組織
17.他者の努力やアイデアを自分のものにする上司
18.従業員のために十分な駐車場がない(たっぷり給料をもらっている役員の駐車場はあるのに)
19.他の人の2倍効率良く働き、予定より早く自分の仕事を終えても、勤務時間が終わるまでは会社にいなくてはならない
20.官僚主義、形式主義、馬鹿げた規則、非論理的な手続き、何もしないことが専門の無気力な人々
21.人種、性別、身体的特徴、独身でいることによる差別
22.自分達は革新的だと宣伝しているのに、革新的な人々をサポートしない組織
23.冬にしか正常に作動しないエアコン
24.仕事ができる人を認め表彰しない
25.昇給と昇進のために身を売る胸が悪くなるようなイエスマン、イエスウーマンと一緒に働かなければならない
(「働かないってワクワクしない」著者:アーニー・J・ゼリンスキー(訳:三橋由希子)出版:VOICE新書、より引用。ただし項目番号は管理人が振りました。)
 
いかがでしょう。
私はよく当てはまるのが 1,2,4,6,7,8,9,10,14,15,19,20,21,22,24
部分的に当てはまるのが 3,11,13,16,17
ですね。
大きくくくると、「不公平感」「賛同できないルール」「価値観の不寛容」あたりが引っかかる感じでしょうか。
 

2.人間不信と会社の方針

また、僕はついぞ、会社の方針だから自分はその通りやるしかない、自分の責任じゃない、という気持ちの整理ができませんでした
とはいえ所詮サラリーマンなので、最終的にはトップダウンの指示にもちゃんと従っていました。
そのため、変な人扱いはされなかったし、むしろ正義感や主体性があると評価してくれる人もそれなりにいました(これは素直に嬉しいです)。
でも、正直に言えば、僕が「会社の方針」と「自分」を切り離せなかったのは、正義感や主体性といったキレイな理由だけではないんです。人間不信ゆえです。
社の方針通りでやっても、それで上手く行かなかったら結局担当者が責められるだろうという根強い不信があります。
これは働き始める以前の人間不信があるのだろうし、働き始めてからも何度かそういう場面を見たというのもあります。
これは、会社や他人と健全な信頼関係を築ければ解消できるのかもしれないのですが、今のところは道半ばでした。
 
他にも思うところはあるのですが、これらが私が非所属になることについてワクワクするところです。
 
 

退職の喪失感

これまで働いた会社は、最後はどれも不満たらたらになって辞めました。
ただ、嫌なことから脱出するはずなのに、どれも最後に喪失感を感じました
これには2つの理由があるのだと考えています。
 

1. 自分のやってきたこととの繋がりの喪失(I still love what I did)

スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式でしたスピーチがあります。
動画サイト黎明期やジョブズが亡くなった時に話題になっていたのでご覧になった方も多いかもしれません。
リンク:Youtube日本語字幕ムービー(14分)https://www.youtube.com/watch?v=XQB3H6I8t_4
 
ジョブズは30歳の時に自分がスカウトしたCEOのジョン・スカリーと対立し、アップルの取締役を解任されます。
しばらくは失意の中にいたジョブズですが、そのうちゆっくりと希望がわいてきたそうです。
その時の心境を振り返ったのが“I still loved what I did”という言葉です。
 
苦労したことや心から納得できなかったことでも、自分がやったことには、人間は愛着を覚えます。
冷めた見方をすればこれはポジショントークの自己正当化かもしれません。
ただ、そうやって自分の人生を愛するバイアスがあるから、人間は不幸や失敗と共に生きていけるのだとも思います。
 
私は、賃労働として対価を求めて働いていました。
日々、逃げ出したいと思っていました。
ただ、私が逃げ出したかったことは私の人生の一部でもありました。
私は事実として、自分がやってきたこととの繋がりを失ったのです。
 

2.社会資本の喪失

橘玲さんが去年出した「幸福の資本論」(ダイヤモンド社)という本があります。
幸福のインフラを「金融資産」「人的資本」「社会資本」に分けて、幸福になるためにこれらの資本をどう考えるべきかを論じています。
ここでいう「社会資本」はインフラストラクチャーではなくソーシャル・キャピタル、つまり人間関係のことです。
リアルな人間関係は言うまでもなく、アルファツイッタラーのようなネット上のインフレンサーも社会資本が高いといえます。
昨今の評価経済(VALUとか)は社会資本を元手に金融資産を増やす試みです。
一方、サラリーマンの社会資本は会社と家族に集中しています。
定年退職者が無気力になるのは、社会資本を失うことが大きな理由だと思います。
そして同書では、究極的には「『幸福』は社会資本からしか生まれない」と述べています。
 
私これまでどの会社も、最後は組織としては嫌いになってやめています。
ただ、そこにいた個々の人々については、嫌いな人間もいれば、仲の良い人も恩人と呼べるような人もいました。
会社は大嫌いだけど、仲が良かった人と離れるのは辛いのです。
言葉にするとすごく陳腐ですが、これが偽らざる理由なのです。
 
 
自分の仕事ではなくなっても、自分がこれまでやっていた仕事は自分の一部としてあります。
また、仲が良かった人とは退職後も連絡を取ればいい。
そう考えると私は何も失っていないのかもしれません。
ただ、帰属の喪失は、それなりにいつもガツンとくるのです。

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