無職礼賛(さようなら社会)

18世紀から19世紀にかけて生きたフランスの法律家ブリア=サヴァランは、食事に関する考察をまとめた本を記しました。
その本の原題は『味覚の生理学』とでも訳すべきタイトルなのですが、日本では『美味礼賛』という定訳で知られています。
私はこれをずっと『美食礼賛』だと思い違いをしていました。
おそらく、美味しんぼで海原雄山が主催する『美食倶楽部』と混ざっていたのだと思います。
私もいろいろあって、30余年生きて初めて無職というステータスになりました。
美食礼賛ならぬ『無職礼賛』
無職の良いところをお話しましょう。

起きる時間と寝る時間

会社を退職する前の有給消化に入った時、目覚まし時計をオフにしました。
iPhoneの繰り返しのアラームも全て切りました。
午前中の予定があるときだけ、繰り返さないアラームをかけています。
働いていた時は、目覚まし時計を6時半にセット、それから15分刻みにiPhoneのアラームをスヌーズつきでかけていました。
逃れがたいまどろみと通勤の嫌悪と出社しないことによるペナルティに揺れる頭で、アラームを止める動作を繰り返していました。
夜眠る前も、眠ると翌日が来ることが嫌でした。
睡眠時間が少なくなることに怯えながら、眠りにつくことを恐れていました。
今にして思えば奇行と言うほかないのですが、眠る前に淫夢動画を見ていました。
あさ起き上がれないときも淫夢動画を見ていました。
主要な語録はだいたい覚えたと思います。
 
今は好きな時間に寝て好きな時間に起きています。
起き上がることが苦痛ではありません。
夜眠ることが怖くありません。
 
眠りと目覚めが怖かった頃の文章
旧ブログ:眠ると明日が来てしまう
旧ブログ:眠れぬ夜の奇行
旧ブログ:会社行きたくないとこういう思考になる(真夜中編)
 
 

アルコールとアイスクリーム

私の会社勤めのストレスの解消法は酒と食でした。
ストロングゼロや紙パックの日本酒のような、酔うために作られた酒を飲んで思考を麻痺させることで社会生活に対応していました。
そのうち、会社を出てすぐコンビニで酒を買ってあおる日々が嫌になり、抗酒剤や依存症治療に関する本の助けを借りて酒をやめました。
バッカスに見放された日々の中、私はアイスクリームに救いを見出しました。
毎日、アイスクリームを食べていました。
安くて分量の多いラクトアイス(乳脂肪の割合が低いのを植物性油脂で補っているアイスです)から、ハーゲンダッツやセブンプレミアムのちょっと高級なものも食べました。
一日に2つ食べる日もありました。
嫌な嫌な仕事を耐えている自分にはその価値があると考えていました。
 
アルコールの醸造技術と砂糖の精製技術は、機械や金融システムと同じくらい、産業社会の基盤になっているのだろうと思います。
両方とも、摂取すればそれだけで快楽を得ることが出来ます。
高級品を志向しない限り、少ない金額で手に入ります。
合成清酒と焼酎甲類とラクトアイスは似ていますね。
安価にアルコールを摂取することに特化したのが前2つ、安価に糖と脂質を混ぜてアイスクリームにしたのがラクトアイスです。
 
今はどちらもあまり欲しくなくなりました。
とはいえ、酒は2週に一度くらい飲んでしまっているので、出来れば完全にやめたいと思っています。
 
アルコール依存に関する文章
旧ブログ:アル中時代の異常行動(平日編)
旧ブログ:アル中時代の異常行動(休日編)
旧ブログ:アルコールは安易な快楽
旧ブログ:『今夜、すべてのバーで』の感想
 

心の余裕と寛容さ

働いていた頃と今では、物事に対する沸点がだいぶ違います。
働いていた頃は他人の小さなことにも腹が立ちました。
コンビニで電子マネーを間違えられれば本部にクレームを入れていました。
地下鉄の階段を広がってのろのろ歩いている集団に、叫び出しそうなくらいイラつきました。
カフェで本を読んでいる時に、声の大きい団体が後から隣の席に来た時は真剣に憎悪を抱きました。
自分は嫌な嫌な仕事をしているので、それ以上の我慢はいわれのない不幸のように感じました。
 
今は、自分に実害が無ければあまり気にならなくなりました。
まぁそんなこともあるかな、とその場限りで流せています。
 
余裕がなかった頃に書いた文章
旧ブログ:寛容になるために体を鍛えている
旧ブログ:つまらないことが気になるのはそもそもその人が好きじゃないから
 

サヴァランと食事

とまぁ、今のところ、稼ぎが無いことを除いては大変快適です。
半年続けるとたぶん再就職は難しくなるんだろうと感じていますが、しばらくこの調子で行こうと思います。
 
なお、ブリア=サヴァランはフランス革命まで弁護士・代議士として活躍していたようですが、革命末期(ロベスピエールの頃か)に追われる身となり、スイス、オランダ、アメリカを渡り歩きます。
数年間の亡命生活を経て、ナポレオン統治下のフランスに戻り、裁判官として後の人生を過ごしたそうです。
時代の転換と逃れ流れる生活の中で、食だけは常に情熱を持って取り組むべき対象として彼の近くにあったのかもしれません。

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