トイレでスマホいじるなと思いつつ、自分もやってしまうことがある。

今日、コーヒーショップのトイレの個室にスマホが置いてあるのを見つけた。

トイレットペーパーホルダーの上が平らになっていて、ものが置けるようになっているトイレだった。
別のカフェでも見たことがあるし、家電量販店のトイレでも見たことがある。
遭遇する確率が高いのか、試行回数が多い(トイレが近い)のかは不明である。

「汚いなぁ」と思ったのだが、本当は他人のことを偉そうに批判できない。
僕もたまにやってしまうからだ。

特に、会社で働いていた頃は、息が詰まると便意も無いのに個室に籠もって

「死にたい」

「会社辞めたい」

「殺してほしい」

「生まれてこなければよかった」

といった言葉を検索していた。

自分はいいけど他人がするのは許せない

僕達はいろんなことについてダブルスタンダードで生きている。

自分に対する基準、

家族に対する基準、

友人に対する基準、

他人に対する基準、

全て異なることもある。

その一方で、公平な取り扱いに大きな価値を見出す。
「自分がされて嫌なことは相手にするな」という黄金率は納得感があるし、事実として不公平な取り扱いをされると腹が立つ。

自分はついやってしまうが他人がすると腹が立つ。
そういうことに対して、

  1. 「自分だけは良いんだ」と開き直る強さ
  2. 「皆でやめようぜ」と言える自分の正当性への信頼
  3. 「皆でいじればいいかな」という寛容さ
  4. 「嫌悪感を覚えるのは『清潔』の美徳に反するからだな」と冷静に考えられる知識

これらのいずれかで乗り切っていくのが生きるということなんだろう。

いいかい学生さん、ケータイをな、仕事中にケータイをトイレでいじれるくらいになりなよ。
それが人間、忙しすぎも暇すぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする