他人の仕事を大変そうだと感じるか、簡単そうだと感じるか

万人に当てはまるかはわからないが、僕は他人の「仕事が大変」に対して、

他人が大変そうにしていると、自分が「加害者」のような気分になる。

他人が楽そうにしていると、自分が「被害者」のような気分になる。

と感じていることに気付いて、愕然とした。

このマインドセットは良いところがあまりないと思うので、少し掘り下げみたい。

コミュニティ内で苦楽を平準化することで生き残ってきた祖先の知恵なのかもしれないが、現代社会ではトリガー(「大変そう」「楽そう」)がガバガバだからだ。

「仕事が大変」は本当か?

僕達は、他の人が自分の仕事を大変だと思っているか、簡単だと感じているか、実際のところはよくわからない。

同窓会で「仕事が大変だ」と言う人の中には、本当に大変で悩んでいる人もいるし、自分の立ち位置を考えてそう言っている人がもいる。僕は働き始めて少し経ったところで、後者の人の思考を理解した。

この国に特有なのかどうかは不明だが「仕事が楽なこと」「仕事が簡単なこと」「仕事が暇なこと」を「悪」だととらえる人が相当数いる。楽をしている人間には苦を与えなければならないと考える人が結構いるんだ。これは苦痛に耐えることに道徳的な価値を見出している場合(※)と、他人が自分より楽そうにしているのは許せないという嫉妬の感情による場合がある。「仕事を楽しんでいる」は美徳だが、負荷が低いと感じていることは責められる。そして、負荷を追っていない人間には追加の負荷が割り振られる。美徳のためか嫉妬のためかは分からないが、みんなの苦しさが一緒になるように。だから、親しくない人や久しぶりに会った人には「仕事が大変だ」と言っておくのが角が立たない。

仕事のイメージと各人の資質

さて、ここで問題が二つある。

一つは、仕事の種類によって「大変そうな仕事」「楽そうな仕事」というイメージがあることだ。

  • 大変そうな仕事・・・営業(シャムさんも言ってたよね)、中小企業、介護、保育士、証券会社、ヘッジファンドマネージャー
  • 楽そうな仕事・・・事務、公務員、コンビニバイト、運用会社、パッシブファンドのマネージャー

中には、勤務時間が長くて給料が安いことが統計的に示されているものもあるが、いいかげんな分類も多い。例えば、僕は無職になってから昼間にコーヒーショップによく行くようになったが、スマホを見たり本を読んでいる営業のサラリーマンは結構多い。僕は内勤の仕事が長かったからちょっと驚いた。また、事務職といっても凄く範囲が広いので、採用シーズンの人事担当者や、株主対応・クレーマー対応・施設管理なんでもやらされてる総務担当とか、生まれ変わってもなりたくないレベルで大変そうな人も見てきた。

二つ目は、大変さの感じ方は人によって異なること。

コンビニバイトはマニュアルがしっかりしているので誰にでも出来そうだと思われるが、レジ打ち品出し発注などの複数の業務を時間内にこなすので、マルチタスクが苦手な人はとても疲れる。また、数百円の買い物で偉そうにする乞食の王様相手に喧嘩腰にならないようにこらえるなんて、人によってはすごく負担が大きいだろう。

この感じ方の違いは、無職ですらそうなのだ。僕は今の無職生活が今まで生きてきた中で一番楽しいのだけれど、人によっては、毎日本を読んだり、読者のあまりいないブログを書いたり、トレードをしてると言うと「そんな生活は俺には無理だ」と言われる(とはいえ、僕の友人には肯定的な人の方が多いので、ここらへんは類は友を呼ぶ系のエッジがあると思う。)

結局、仕事が本当に大変かどうかなんて実際やってみないとわからないし、大変さの感じ方は個体差が大きいのだ。だから、被害者の顔も加害者の顔もしなくていい。大変そうに働いている人を見て心を痛めるのはそのままでいいが、それは自分のせいではない。そういうマインドセットで行こうと思う。

ノンフィクション作家の沢木耕太郎が震えるように良いことを言っていた。

曰く「ストイシズムは禁欲を快楽とする一種の倒錯である」

さらば大変な仕事を愛する倒錯者達よ

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