安くてうまい飯を食って早く死にたい(食事に金を使いたくない)

人間が生きるために最低限必要なのは、「食料」と「縄張り」だ。
これは僕たちの進化適応環境である旧石器時代から変わらない。
もちろん、生きていくためには「仲間」「他者からの承認」「セックス」「衣類」も必要かもしれない。
ただし、これらは「食料」「縄張り」と比べると、求める度合いに個人差が大きい。
一人でも大丈夫な人もいるし、服はこだわらなくて良いならかなり安く入手できる時代になった。
 
「縄張り」つまり家に結構なお金がかかるのは多くの人が認識している。
多くの人にとって人生最大の買い物であり、最大の資産がマイホームだ。
ただ、「食料」のコストもバカに出来ない。
一日1,000円でつましく生きるとしても、月に3万円、年間36万円かかる。
これを10年続ければ360万円、50年なら1,800万円だ。田舎なら家が建つ。
 

びんぼっちゃまのアイス論

僕は常々、高い金を払うくらいなら、美味しいものを食べる必要は無いと考えている。
嫌儲思想で良くある「食ったら無くなる食事に金を払うのは馬鹿だ」という主張には共感する。
これと共通する考え方を僕は20年以上前にも見たことがある。
小林よしのりの「おぼっちゃまくん」のアニメ版に出てきた。
レギュラーのメンバーの一人「びんぼっちゃま」は、もともとは上流家庭の子息だったが、生家が破産したために極度の貧乏暮らしをしている。
服は前面だけしかなく、後ろ半分は紐で結んでいるだけだ(びんぼっちゃまスタイル)。
あるエピソードで、夏の暑い日に他のメンバーがアイスを食べているなかで、彼一人だけ買わない(買えない)場面があった。
彼はこう言う「溶けて無くなるものに金を出せるか」と。
 

生命の維持は呪いのようなもの

僕らは生命を維持するために食料と縄張りが必要だが、それは金か人間関係をベースに手に入れるしかない。
それゆえ、自分がストレスが溜まらない方法で金を稼げない者や、他人との交易・相互扶助が苦手な者は、自分の生命が邪魔なものに見えてくる。
「飯のために働く」という言葉はよく聞くが、「働くぐらいなら飯などいらん」という考え方にも真実があると思う。
安くてうまい飯を食って、早く死にたい。
そうなればものを食わなくても良いから。

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