呪術的思考から逃げ出そう

米国の精神科医スコット・ペックの書いた「平気でうそをつく人たちー虚偽と邪悪の心理学」(草思社)を読んでいる。罪悪感や自責の念に耐えることを拒否し、他人をスケープゴートにして責任転嫁を行う「邪悪な人」の性質について、精神医学や臨床例をもとに考察している。

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

その中で「呪術的思考」という言葉が出てくる。これは「自分の考えがそのまま物事を引き起こす原因になると信じること」だ。本書のメインテーマの「邪悪な人」ではなく、強迫神経症にかかる患者の典型的特徴として紹介されている。

例えば

死ねばいいのにと思っていたら、その人が死んだ。

⇨自分が死ねばいいと考えたからだ。

というのが呪術的思考の例だ。

一般的に、幼児は呪術的思考をする傾向が強いが、思春期を迎える頃には人間には考えるだけで外界の出来事を支配する力はないと気がつく。行動経済学が指摘するように、人間は起こった出来事に対して、容易に連想される原因を結びつけ、単純な因果関係をでっちあげることに長けている。呪術的思考は因果関係を好む人間の性質の一部かもしれない。

臨床的な知見によると、不当な精神的外傷を受けた子供は、呪術的思考の段階から抜け出せないことが多いらしい。毒親は「お前のためを思って」「言うとおりにしないと失敗する」「お前が~~をしたせいで気分が悪い」といった脅迫で子供を支配しようとする。そういうルールの強制を強いられた子供が呪術的思考から抜け出さないというのはもっともな話だと思う。

家族に呪術的思考の大家がいた

僕が物心つくまでの20~30年前くらいまで、田舎の年寄りには呪術的思考を持った人間が多かったように思う。

僕の祖母は呪術的思考のちょっとした大家だった。天候、物が壊れる、他人の行動といった、人間にコントロールできないことについて、身近な人間(多くの場合家族)の行動に原因があると決めつけていた。頭で考えたことではなく行動に原因を見出していたので、ペックの言う呪術的思考とは少し違うのだが、因果関係のない物事をつなげて考えるという点は同じだ。

(Wikipediaの呪術的思考の記事だと「呪術的思考を持つ患者は、ある行動や考えと災難・悲劇的な出来事の間に相関関係があると考え恐怖を感じる。」とあるので、呪術的思考に含めたい。)

  • 「朝早くから草刈りをしなかったので雨が降ってきてできなくなってしまった」(事実としては正しいのだが、この老人は「朝早くから草刈りをしなかったせいで雨が降ってきた」と主張している)
  • 「洗濯機が壊れたのは、年末に家の修繕のために呼んだ業者が大掃除で神棚から下ろしていた大黒象をまたいだからだ。」

そうやって無理矢理に誰かのせいにすると、1週間も2週間も不機嫌になった。不機嫌の犠牲になるのは母だったので、私はこの祖母の機嫌を損ねないよう、顔色をうかがっておもねるようになった。

先日、永田カビさんの『さびしすぎてレズ風俗に生きましたレポ』を読んだ。レズ風俗に関する内容は後ろの半分くらいで、前半は著者の生い立ちや病んでしまった経験が書かれている。私もうつ体質なので共感しながら読んだ。著者は今Pixivコミックで『一人交換日記』という連載

そうしているうちに、僕も呪術的思考に囚われていたのかもしれない。トラブルが対して自責的になったし、自分の属性と自分自身を切り離して考えることが下手だ。これは「会社の決定だから自分の責任ではない」というサラリーマンにとって必須の割り切りを難しくするので、なかなか損な気質だと思う。

Break the spell

「呪いを解く」ことを英語ではBreak the spellという。

自責的な人や自分の属性について過度に責任を感じてしまう人。

これまでの人生で、誰かから呪術をかけられていませんか。

ブチ壊しましょう。そんなもの。