「公平の美徳は魅力的だが、それを求めると高くつく」というお話

僕たちは「公平」という価値観をとても大切にする。
初等教育から「友人に差別的な取扱をしてはいけない」と教えられる。
近現代史をちゃんと学ぶよりも前に、同和問題や人種差別について教えられる。
歴史や公民を学ぶようになると「公平」は現代の国家や憲法の主要な理念の一つであることを知る。
もっとも、学校のようなもったいぶった場でなくても、人間の群れの中で暮らしていれば、嫌でも人々が公平感を重視して生きていることを知ることになる。
資源の分配が公平に行われないと、相手の機嫌を損ねるか、自分が嫌な思いをすることになる。
「公平」の美徳を蹂躙するジャイアニズムは皆から非難されるが、それはジャイアンが他者の美徳を犯すだけのパワーを持っていることの証左でもある。
 

進化と公平の美徳

社会心理学者のジョナサン・ハイトは、様々な文化に共通する道徳の基盤があるのではないかということを研究した。
(彼の論文をもとにした本に『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(著者:ジョナサン・ハイト、出版:紀伊國屋書店)というのがある。)
その結果、彼は6つの道徳基盤を挙げている。
  • ケア 
  • 公正 
  • 忠誠 
  • 権威 
  • 神聖 
  • 自由
ここでも「公正」が道徳基盤の1つとして挙げられている。
 
おそらく、僕たちが「公平」を求めるのは、進化的な適応ゆえだ。
想像してみよう。
数十人の集団で狩猟の成果を分配する場合、自分が適正な分け前を受け取れるかは死活問題だ。
不公平感を感じたら不快感を表明する。
他者に不公平感を与えずに円滑な関係を築く。
そうした行動を気が遠くなるくらい繰り返した果てに僕たちは存在しているのだろう。
 

不公平な現実と公平の美徳

とはいえ、僕たちが生きている世界は途方もなく不平等だ。
上を見れば切りがない。
生まれてから一度も働く必要がなかった資産家の子どもたちがいる。
ピケティの「21世紀の資本」にも出てくるが、才気あふれる起業家よりも、ロレアル創業家のリリアンヌ・ベタンクールやウォルマート創業家のウォルトン一家の方がよっぽど金持ちだ。
こうした幸福な相続人達に資産額で並ぶには、ジェフ・ベゾスやラリー・ペイジぐらいのレベルにならないといけない。
ただ、下を見ても切りがない。
現代の日本に生まれたというだけで、僕たちは世界で一番幸せな10%だ。
飲み水の心配をする必要がない、親の借金を返さなくて良い、平日に強盗に襲撃されることはたぶんない、水洗トイレが使える、
これが当たり前じゃない人々の方がこの世界には多い。
 
ただ、僕たちは、上の方の切りがない人たちも、下の方の切りがない人たちも、実際に見ることが滅多にない。
だから、同じような環境の近くにいる人達を見比べて、不公平だと文句を言う。
  • 「会社の人事(能力ではなく上の人の覚えの良い人の希望が叶う)」
  • 「仕事の分担(同じ会社・同じ部署でも、汚れ仕事と見栄えの良い仕事がある)」
  • 「仕事量・業務負荷に対する給料(年功序列で働かない老人が優秀な若手の倍も給料を取る世界)」
  • 「業務時間中に弁当を注文するのはけしからん(昼休みを自由にずらせない会社で働いている人から見ると不公平ではあると思う)」
最後は余計だけど、上の仕事に関する3つの不公平感は、働いていると自分のアイデンティティに直結するレベルで悩ましく感じることがある。
でも、僕とリリアンヌ・ベタンタールや最貧国の子供たちとの差を考えれば、どうってことないような気もする。
汚れ仕事を押し付けられるのはすごくイラつくが、トイレでナニが流れないよりはマシな気がする。
よく見える場所は気になるが、それが大切だとは限らない。
2011年にウォールストリートを占拠した若者たちは、米国内での格差をぶち壊そうとしたものの、もっと大きな格差が彼等と貧しい国の人々との間にあることについては気にしない。
僕はこれをとても滑稽だと思っていた。
(社畜だった当時の僕にとって、平日にデモに参加できるような自由人はみんな敵だったというのもある。)
でも、仕事について不公平を言っていた僕は、オキュパイ・ウォールストリートの若者たちよりも細かい格差を大真面目に悩んでいたことになる。
 

公平のコスト

もう一つ覚えておきたいのが、細かいところまで公平を実現しようとするとコストが高くなるということだ。
会社の人事に反対して会社を辞めると、再就職や新しい会社での人間関係の構築のコストがかかる。
仕事の割り振りの不平等と戦おうとすると、上司や同僚を的に回すことになる。
給料が不公平でも、別のところに行って公平な給料が出るかは分からない。
 

☆☆☆

不公平な取扱に対して抵抗することは、僕たちが進化の中で獲得した重要な力だ。
ただ、こういった能力は現代では結構暴走する。
不公平感にキレそうになったときは、自分とサム・ウォルトンの子孫達や最貧国の子供たちとの差を考えて一息ついてみても良いのかもしれない。
 
 

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本文で触れたジョナサン・ハイトの本。
人類に共通する「道徳の共通基盤」を探す内容。タイトルの割に政治の話は2割くらいしか出てこなかった気がする。
不平等、弱者への危害、皆が大切にしている価値観を貶めること
こういった事に対して憤りを覚えたら、それは自分の中のそういうモジュールがワークしていると考えると、僕は結構楽になれた。