壮年と「生きる理由」

 
 
まとめサイトで興味深い話を見つけた。
もとはオカルト超常現象板からの転載。
レス783の人
 
内容は、書き込みした人の姉が20歳の誕生日の翌日に自殺してしまったというもの。
これだけだとたまに起きてしまう悲劇なのだが、遺書がかなりストレートだったらしい。
「自殺。生きるのめんどい。ほんとにそれだけだから気にしないでね!今までサンキュー。一応身辺整理はしといたよ。でも全部はさすがに無理だったからゴメンけど後片付けヨロ!」
家族は嘆くことも怒ることも出来ず、ずっとモヤモヤを抱えることになったそうだ。
 
このお姉さんは、昔から無気力だったらしく、小学校に上がったあたりから
「だるーい。何もしたくなーい。小学校行かない!」
と言うようになり、高学年になると
「死んだ人はいいなー。何もしなくていいから」
「子どもとしての義務は二十歳で果たせるから(?)二十歳になったら死ぬね」
と言うようになったらしい。
 
両親や妹(書き込んだ人)が、姉が楽しめるように手を尽くしても
「なにか悪いことがあるわけではなく、ただ面倒くさいんだよ。」
という反応で効果なし。
 
書き込み主は最後にこう言って結んでいる
 
そんなに生きたくないくらい、私達家族や姉の周りの人々は姉にとってひどい人だったのだろうか。それとも本当にただ生きること自体が苦痛で仕方ない人だったのだろうか。
未だにわからない。
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生きる理由

 
僕は死んでしまったお姉さんの気持ちが分かるような気がする。
生きていると面倒くさいことばかりだ。
金が無ければ働かなければいけない。
他人(家族や会社の人)とコミュニケーションを取らなければならない。
そこまでして生きなくてはいけない理由はないよなぁと思うことは多い。
僕は、30歳を過ぎてからだいぶ面倒くさい人間になってしまって、久しぶりに友人に会うと「生きる理由」を聞くようになった。
「子供の成長を見るのが幸せ」
「美味い飯を食べるのが幸せ」
「仕事が生きがい」
「セックスが快感」
「趣味(創作、ゲーム、読書、音楽)が生きがい」
いずれも納得感はあるが「それがあるから生きていたい」とは思えない。
「育児にかける金を稼ぐ労苦を考えたら子供が欲しいとは思えない」
「飯はうまいが、そのためのお金を稼ぐ算段の方が苦痛」
「人と関わる仕事は苦痛だったし、関わらない仕事を確立するための試行錯誤も疲れる」
「セックスにいたるまでのコミュニケーションをしてまでコトを致したいというほどの性欲がもうない」
「そのためならば労働もコミュニケーションも頑張れると言えるような趣味はない」
 

それでも生きるための考え方

こうした状況で、僕は「生きる理由」の回答を求めて、いろいろと本を読んでいた。
けっこう腑に落ちた考え方は、
  • 「一度生まれてしまった個体が死ぬのはハードルが高い。次を作らないようにすれば良い。」(ベネター)
  • 「現実に適合できる方法を取り入れて、やっていきましょう」(借金玉)
  • 「地主の子供に生まれなかったのだから働かざるを得ない」(ずんずん)
  • 「楽しくなくても働いていて良い」(常見陽平)
  • 「家族とは距離を置く」(アダルトチャイルド関連の知見)
というようなものがある。
いずれも好きな考え方だが、生きることに対する根本的な面倒臭さを解消するというよりは、それを受け入れるための考え方だ。
「なにか悪いことがあるわけではなく、ただ面倒くさいんだよ。」
これに対する回答としては、ちょっと違う。
結局のところ「生きる面倒臭さ」に対しては、それをコンペンセートするだけの何か、又は、面倒臭さを感じなくさせる何かが必要なのだと思う。
ノンフィクション漫画家の永田カビさんがレズ風俗レポで言っていた以下の言葉が興味深い。
今までずっとどうしてみんな生きていられるのか不思議で仕方なかった
きっとみんな何か、私の知らない「甘い蜜」のようなものを舐めているのだと思った
 

壮年と生きるモチベーションの喪失

とはいえ、自分のように30代半ばに差し掛かっても「甘い蜜」を持っていない/「甘い蜜」を求めているというのはちょっとした機能不全のような気もする。
「生きる理由」は、青少年の専売特許のようなジュブナイルな悩みだというイメージを持つ方もいると思う。
ただ、僕は30歳くらいまでは「生きる理由」について考えたことはあまり無かった。
若い頃はむしろ、そういった哲学的なことで悩める人間を、暇な人間として軽蔑してさせいたように思う。
 
原因は2つあると思っている。
1つ目は、他人と同じ土俵で戦って自分が劣後するイメージがあまり無かったこと。
昔から運動や芸術に関する能力は低かったが、事務処理能力や言語と数字の処理では他人に勝っていたので、自分はこの競争社会でなんとか上位でやっていけるだろうという自信があった。
ただ、働き始めると、
  • 日曜日の夜のどうしようもない憂鬱さ、
  • 朝起き上がることの困難さ、
  • 朝の電車に乗っているときの引き返したさ、
  • 会社を出てもすぐに翌日のことが不安になって酒を煽ってしまう焦燥感、
  • 業務に意味や価値を求めてしまうこと、
  • 処遇が不公平だと感じたら憤らずにはいられないこと、
  • 会社の決定だから自分の責任ではないという切り分けをするのが不得意であること、
など、他人が組織で順応して生きていくために対処できていることが自分は得意では無いことを思い知った。
 
2つ目は、多少のお金が貯まって余裕が出来たこと
学生の頃は「生きる理由」を考える余裕が無かった。
たぶん、家族に頼るのが苦痛だったので、距離を取りつつ自活することが最優先だったからだと思う。
働き始めてからも、20代の頃はお金が無かったので、転職するという選択肢はあっても働かないという選択肢は無かった。
学生時代にアルバイトが嫌いだったので、卒業時の手元資金は20万円くらいだった。そして奨学金の返済が300万円くらいあった。
だから、働いてまで生きたくないという考え方が出てきたのは、奨学金を返済して金融資産がある程度出来てからだ。
切り詰めても何もしないでいられるのは数年なのだが、人生で初めての状況だった。
 
こうしてみるとなんということはない。
人生がうまく行っていなくて、考えるだけの余裕がある。
自分はそうなるまでに30数年かかったということだ。
 

☆☆☆

生に対する執着には個人差がある。
生来の部分もあれば、後天的に形成される部分もあるだろう。
「生きる理由」を求めて悩むのは若人の特権のように思われがちだが、私は壮年になって、上手くいかないことと悩むだけの余裕が出来て始めて「生きる理由」を求めるようになった。
答えは出ていないが、同じような状況の人の参考になれば嬉しい。