『万引き家族』の感想:「絆」の定義とカミュの異邦人的不条理

先日「万引き家族」を見てきた。

日本アカデミー賞最優秀作品賞他全6冠受賞『三度目の殺人』の是枝裕和監督最新作! 家族を描き続けてきた名匠が、“家族を超えた絆”を描く衝撃の感動作

下馬評はいろいろあってちょっと不安だったのだが見てよかった。

実際に見た人なら「万引きを美化している」とか「単価が安い米ではなくカップラーメンを食べており、貧困の描き方が下手」というような表層的な批判は出てこないと思う。Twitterでこの手の批判をしてる人はたぶんエアプなんじゃないかと思った。

東京の片隅で、おばあちゃんの年金と少ない収入、そして万引きを糧にして生きている人々の話。登場する6人はどこからどう見ても「家族」だが、血の繋がりは無い。

リリー・フランキーのダメ親父役と、僕より若いはずの安藤サクラがどう見ても40代の役を難なく演じているのと、樹木希林のばあちゃん役の存在感が流石。

生きるジタバタと異邦人的不条理

公式サイトのトレーラーにもあるが、物語の中盤で「家族」の生活は崩壊する。

彼等の行ってきたことが、衆目に晒され、常識でもって断罪されることになる。

僕はこの状況を見ていて、自分がこれまで少なからず影響を受けた小説を2つ思い出した。

1つ目はカミユの「異邦人」

異邦人 (新潮文庫)

ムルソーは、母親の葬儀の翌日に海水浴に行ったことで人間性を責められる。葬儀のときに涙を流さなかったこと、通夜に守衛に進められたコーヒーを飲んだこと、そういった「一般的にあるべき姿」から逸脱した行動を咎められる。結果として、それらの行動とは関係のない殺人の量刑を大きく加算される。

2つ目は遠藤周作の「悲しみの歌」

遠藤周作原作の『沈黙ーサイレンスー』の映画を見た。メインテーマの「神と信仰」だけではなく日本人論にも繋がる内容であり、出演者の演技にも熱が入っていた。長くて重くて視聴後にしんどさが残る内容だったが、見てよかったと思う。虐げられた弱い人々が神にすがる。迫害

悲しみの歌 (新潮文庫)

かつて軍の指示で捕虜に対する人体実験を行った勝呂医師。彼の過去の犯罪を暴き立て、それを衆目に晒すために正義感に燃える新聞記者がつきまとう。

「異邦人」ではムルソーの内面はほとんど描かれていないが、彼の人間性を貶めることで衆目の関心を引こうとする検事には、世界を単純に捉えすぎているような違和感を感じる。一方、「悲しみの歌」では、自分の過去を悔いる勝呂医師の葛藤が描かれている。それゆえ、苦悩を抱えた人間を一方的に断罪しようとする記者の姿には、単純な正義の持つ滑稽さと悪意をストレートに感じる。

「万引き家族」で「家族」を見る人々の目は、ムルソーを糾弾する検事、勝呂医師を責め立てる新聞記者のそれと同じだ。文脈と内面を捨象して、常識でもって行為を咎める姿が不条理に見えるのだ。

では、この映画で「家族」を責める人々が捨象している「文脈と内面」はなんだろうか。僕はそれは「生きるジタバタ」だと思う。

治と信代の夫婦には隠している過去がある。祖母の初枝は自分を捨てた夫が払っていた年金で自分と他の「家族」を支えている。息子の祥太は盗みに葛藤を感じながらも血の繋がりが無い「家族」の役に立ちたいと思っている。彼等の「生きるジタバタ」を見世物や断罪の対象として捉える社会に、不条理を感じるのではないだろうか。

「絆」の再定義

もう1つ考えたのが「絆」とは何かという話。

映画のトレーラーにも出てくるが「盗んだのは絆でした」というのが本作のキャッチコピーだ。

「絆」の辞書的な定義は「人と人とを離れがたくしているもの。断つことのできない結びつき。ほだし。」(精選版日本国語大辞典・小学館)というものだ。

辞書の説明はとても中立的だが、現代では、単なる「人と人の結びつき」を超えて、「相互扶助、助け合い、愛情、心の交流」といった要素を加えた使い方が良くされている。

社会心理学者の山岸俊男と進化生物学者の長谷川眞理子の対談本に「きずなと思いやりが日本をダメにする」(集英社)という挑発的なタイトルのものがある。「美徳をもとにしたお説教では世界は変わらない、現代的な人間科学に基づいたソリューションが必要だ」ということを両者の専門分野の知見をもとに考察する面白い本なのだが、ここでも「きずな」は「お説教」の象徴として使われている。

きずなと思いやりが日本をダメにする 最新進化学が解き明かす「心と社会」

僕が「万引き家族」で感じた「絆」の再定義は「生きるために必要な何か」だ。

本作の「家族」の一人一人は弱い存在だ。老いていたり、低賃金の仕事しかできなかったり、親の庇護を得られない子供であったり、血の繋がりのある家庭に居場所がなかったり。

それでも集まっていれば生きていける。

「万引き家族」の「絆」を通してやり取りされるのは、お金、承認、ケア、生活必需品、物理的な居場所など、美しいものばかりではない。

でも、僕たちが生きていくために必要なものばかりだ。

本作では、お説教の象徴になってしまった「きずな」をプラグマティック(実践的)な生きる力として再定義しているように感じた。

〇〇〇

長くなりましたがとても良い映画だったので、気になってる人は見てみてください。

映画の一般料金1800円は超高いので、割引サービスを駆使してちょっとでも安く見ることをオススメします。手軽なのはナイトショーとかレイトショーですね。都心だとやってないところも多いけれど。金券ショップで共通鑑賞券を買うのは面倒な割に300円くらいしか安くない。運良く前売り券があればもうちょい安い。会社勤めてた頃はしょぼい福利厚生だったけれど劇場によっては1300円で見れたので、その点は良かった。

関連書籍

本作は映画が先立ったので、こっちは映画の内容をノベライズしたもの。僕はまだ未読なのですが、活字なので登場人物の心理描写がより細かいという肯定的なレビューが多いです。

http://minusniki.ldblog.jp/archives/1064695474.html

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