30代無職が語る「お金が出来たからしばらく働きたくない」への憧れ

無職になって半年が経過した。
夜眠ること、朝起きること、日曜日の夜、月曜日の朝。
働くようになってから10年来、ずっと憎くてたまらなかったもの達が、特に気構える必要の無い時間になった。
 
「不愉快な目覚ましの音で起きなくて良いだけで、どんな王侯貴族の生活よりも素晴らしい」という旨のことをBライフの高村さんが書いていたが、僕も概ねそれに同意する。
 
決まった時間に起きて、決まった時間に、決まった場所に行く。
それだけでエネルギーを使う。
これが出来るかは、人によって向き不向きがある。大学時代に講義を良くすっぽかした人や、長期沈没型の海外旅行が好きな人は、残念ながら不向きの側にいる可能性が高い。
ただ、向き不向きがある中で多くの人がそれをこなせているのも事実だ。
生活費のためという理由もあるだろうが、決まった時間に決まった場所に行くと、楽しい仕事があるとか、帰属することで安心や楽しみを見出せるコミュニティがあると言った理由もあるだろう。
僕はこの「仕事」と「帰属」こそが、賃労働における「甘い蜜」だと思う。
 
さて、僕が無職になった理由は
「しばらく働かなくても良いだけのお金が貯まったので、当面は働きたくない」
というシンプルで安直な考えによるものだ。
若い頃から、この思想の実践者の話を見聞きすると「あぁ、羨ましいな!」と思っていた。
ここでは、この「お金があるから働かない」という考え方で好きな話を3つ紹介したい。
このうち2つは、現場の労働者の目線による「お金があるから働かない」エピソードだ。
フィクションであれノンフィクションであれ、「お金があるから働きたくない」という思想は、ホワイトカラーの事務職ではなく、現場仕事をする労働者の口から発せられることが多いように思う。
おそらく、現場の労働者の雇用形態は、日雇いや季節労働など不安定な場合が多く、意識して無職の期間を作りやすいためだろう。
 

「苦役列車」の北町貫多

2010年の芥川賞受賞作である西村賢太の「苦役列車」は、日雇いで生計を建てる青年・北町貫多の日々を描いている。
彼の毎日は、労働と堕落、焦燥と無気力、気難しさと友情への憧憬が同居しているが、将来の希望や展望は見えない。
冒頭、港湾で荷役として働く貫多は、当日の仕事が残業になることを告げられる。
面白くなく思う貫多だが、仕事を終えたあと、割増手当のついた残業代を受け取るといい気分になる。
そこで彼は、「これで数日は絶対に働かないぞ」と決心するのだ。
 
なんということの無いエピソードなのだが、僕はこのくだりを読んだときに、貫多の心情に強く同意したのを覚えている。
「そうだよ、こんなもんでいいんだよ。働くことなんて!」と、思わず口に出しそうになった。
キャリアや成長という外皮を取り去った、生身の労働に対する評価はその程度で良いのだ。
労働は、飲み食いすることや、何もせずに過ごすことよりも無条件で尊いわけではない。
可能な限り後回しにし、金が無くなった時に止む無くするものであっても良いのだ。
 

小話に出てくるインド人ビジネスマン

宗教研究者のひろさちやは、仏教関連の入門書をいくつも書いている。
経済に対する理解が薄っぺらいくせに批判したがるという悪癖を除けば、わりとわかりやすい本を書く人だと思う。
さて、その中の一冊で、飛行機で乗り合わせた商社マンから聞いたエピソードとして、あるインド人ビジネスマンの話しが出てくる。
日本企業がインド拠点で、インド人の担当者を雇っていた。
とても優秀な担当者だったので、他社に引き抜かれないように、給料を倍にした。
「そうすると、そのインド人は、一日働いて一日休むようになるのです。」
 
アネクドータル過ぎてほんまかいなと思うが、示唆に富んだ話だと思う。
僕の考える「お金があるから当面働きたくない」を横に倒すと、この考え方になるのだろう。
そういえば、行動経済学では、昇給による満足度の上昇は、賃金水準の上昇とともに逓減して頭打ちになるという研究があった。頭打ちに近いような状況だと、昇給よりも自由時間を増やすほうが満足度は高まるはずだ。

在野の社会哲学者エリック・ホッファー

エリック・ホッファーは、大衆運動や労働に関する著作で有名な米国の社会哲学者。
彼の凄いところは、正規の学校教育は受けず、最終的にはカリフォルニア大学バークレー校の教授職にまで就いたことだ。
彼は、18歳ですべての肉親と死別し、10代から20代にかけては倉庫などでの労働、30代は農園の季節労働者、40歳以降は波止場の沖仲仕(港湾労働者)として働く一方で、書物で広範な知識を得ながら執筆活動を続けたという異色の経歴を持っている。
彼は27歳の1年間を無職で過ごしている。
自伝によると、それまでの2年間は倉庫で働いていたが、彼とも懇意にしていた経営者のシャピーロが急逝したことがきっかだったという。
 
彼の死は、私にとって運命の極点のように思えた。いくらか蓄えがあったので、金がつきるまで一年間働かないことにした。その一年間で、残りの人生をどう過ごすか考えようと思ったのである。
 
エリック・ホッファー自伝、中本義彦訳、作品社
 
痺れるほど魅力的な言葉だ。
自伝を読んだ印象だと、ホッファーが労働と距離を置けているのは、彼の労働への姿勢がニュートラルだからだ。
彼は労働を神聖視していない。
かといって、苦役列車の貫多や僕のように労働を嫌悪もしていない。
それゆえに、必要であれば労働をし、それをしながらでも自分にとって大切な読書と思索は行うことが出来るという、労働に振り回されない距離のとり方が出来ているのだと思う。
 
ちなみに、1年間の無職期間のあとに、彼は自殺を試みたが未遂に終わる。
死にそびれた彼は、農場の季節労働者をしながら放浪者として30代を過ごすことになる。
その後の展開もなんともドラマティックだ。
 

素敵な経験に対する世間からの辛辣な視線について

どうだろうか。
共感していただけた方もそうでない方もいると思う。
 
最後に私見を述べると、仕事が嫌いで辛くてしょうがない人や、その後の責任を自分で取る覚悟がある人であれば、無職期間を意図的に作って、自分の好きな活動に充てるのは素晴らしい体験だと思う。
そこで、それまでは意識しなかった会社勤めの利点に気づいたり、仕事との距離のとり方が分かることもある。
 
一方で、「お金があるから当面働きたくない」と言って無職になった人間に対するこの世界の目線は大変に厳しい。
僕が今の生活をするようになってからかけられた言葉をいくつか紹介したい。
「まともじゃない。」
「普通はそんなこと考えない」
「そんなに仕事が嫌いなんて信じられない」
「毎日することが無いでしょう」
厳しいねぇ。
共感は求めず、自分の面倒は自分で見る覚悟で行きましょう。
 

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする