生き物はアルゴリズムであり生命はデータ処理:「ホモ・デウス」の感想等

イスラエルの歴史家のユヴァル・ノア・ハラリの著書「ホモ・デウス」を読んだ。
前作の「サピエンス全史」は現代までの人類史における転換点にフォーカスしたものだったが、「ホモ・デウス」ではこれから人類がどこに向かうかがテーマになっている。
僕が好きな進化心理学や行動経済学も議論の土台にしており、非常に面白かった。
 
人類は、狩猟採集の時代⇨宗教の時代⇨人間至上主義の時代を経てきた。
だが、現代の科学は人間を解明し、「意識」と「知能」を分断することが可能になりつつある。
そして、人間至上主義の時代は終わりを告げ、人類は自分たちを「神」(不死、幸福、神性を持つ者)にアップグレードしようとする。
というのが本書の中心的となる問題意識だ。
 
さて、表題の「生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理である」というのは、現代の科学における支配的な生物観として、本書の後半で登場する言葉だ。
著者の視点とは少し異なるのだが、僕はこの考え方は、悩みや不安に対して自罰的に考えがちな人間にはちょっとした救いになると考えている。
(進化心理学の話題でも以前に取り上げた。
僕らの悩みや不安は、原因があって生じるが、ただそれだけだ。
 

感情のメカニズム

僕たちが感じる快・不快は何によって起こるか?
これは直接的には脳の生理作用によるものだ。
  • 幸せホルモンのセロトニン
  • 愛情ホルモンのオキシトシン
  • 前向きホルモンのドーパミン
外界からの刺激に対してこれらの物質がドバドバ放出されればおおむね幸せだが、得られないと憂鬱になる。
それゆえ、精神科で処方される薬はこれらの物質の分泌に関する生理作用に影響するものが多い。
そして、法規制されているドラッグはもっと直接的に、これらの神経伝達物質と同じような働きをするものが多い。
 
僕たちの脳がこういった反応をするのは、ひとえに、そういった反応をした個体が生き延びて来たからだ
  • 不平等に腹を立てることで、集団の中で搾取されないような立ち回りができた。
  • 外部の人間や習慣に対して保守的に振る舞うことで、未知の伝染病や食中毒を回避できた。
  • 赤ん坊をと触れ合うことでオキシトシンが分泌され幸福を感じられる方が、子孫を産み養育するうえで有利だった。
「生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理である」というのは、外界からの刺激を受けて感情が発生し、その感情に基づき生物個体がアウトプット(行動)を行うという過程を指している。
 

感情との付き合い方

このように、人間の感情は、外界からの刺激に対して、新石器時代(ホモ・サピエンスの進化適応環境)に子孫を残すのに最適だった行動を促すように発生する。
それは現代でも有効なこともあるが、新石器時代とのギャップから持て余すこともある
会社で不公平な取扱いをされたときには、新石器時代の感情に従って抗議をすべきだ。
だが、志田未来や堀北真希が結婚してしまったからといってショックを受ける必要はない。
(芸能人はメディアでよく見るので自分の群れの一員だと考えてしまう。脳は誤作動するが、これは群れの美女を群れの他の男に取られたわけでは無い。)
僕たちは、生理作用によって起こる感情に左右されながら生きている。
そして、感情は僕たちの自由な意志とは関係なく、外界からの刺激に対するアルゴリズムとして組み込まれている。
 
こうした脳の内側で起きている生理作用や、進化心理学的な視点を取り入れると、自分の感情についてある程度客観的になることができると思う。
自分の苦悩も、怒りも、焦燥も、しんどさも、脳の中で化学物質がとめどなく分泌された結果で、それは石器時代に最適だった行動を促そうとしているに過ぎない。
そう考えると、自分の感情と距離を取って楽になれる。
 
僕は子供の頃「心を持たないマシーン」に憧れていた。
最新の人間科学の知見を得て、35歳にして少しそれに近づけた気がする。
これが僕の目指すホモ・デウスかもしれない。
 
 

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今年でデビュー20週年の椎名林檎の初期の頃の曲に「モルヒネ」という曲がある。
この曲では最初のサビに
「あたしの脳のなかで麻薬物質は とめどなくとめどなく排出されゆき」
というフレーズが出てくる。
明るくポップなメロディに意味深な歌詞が載せられた曲で、恋人を失った歌だとか自慰行為の歌だとか、様々な解釈がある。
本稿の視点から解釈してみると、自分の感情や行動は、外の世界からの刺激に反応したデータ処理だということを唄っているようにも読めるかもしれない。