クレーマーを横から見て楽しむ男

小西が笹木の家を訪ねるのは3ヶ月ぶりだった。
笹木が大学卒業後17年間努めた保険会社を辞めたのは2年前の冬だった。
それ以来、笹木は荒川区に中古で購入した1DKのマンションで、隠遁者のような生活を送っている。
生家とはほぼ断絶しており、再就職や自分で事業を起こすような意向も無いようだ。
ときたま株とFXの投機で小銭を稼ぐ以外に収入の途はないが、もともと食費と書籍以外に金を使うことは滅多にない性分のため、当面の資金繰りには不安は無いと言う。
かつての同僚ともほぼ没交渉だが、同じ大学出身で付き合いが長い小西は数少ない例外である。
 
「よく来たな。まぁ掛けてくれ。」
小西が訪問すると、笹木はダイニングキッチンの椅子に掛けるよう促した。
「とりあえずビールと簡単なツマミは買ってきたぜ。」
「ありがとう。餃子を仕込んどいたから今から焼く。ビールに良く合うはずだ」
 
餃子をアテにビールを飲みながら、小一時間ほど近況やニュースについて話した後、笹木が思い出したよう切り出した。
「そういえば、3日ほど前にハナマルで面白い人を見たんだ。
クレーマーなんだけどね。あの手の人間は自分が相手をするのは難儀だが、横から見ている分にはとても楽しませてくれるね。」
『ハナマル』というのは、輸入品やPB製品などが充実した低価格が売りの食品スーパーだ。
「どんなクレーマーだったのさ?」
「くたびれたスーツを来た初老のサラリーマンだ。白髪と肌のくすみから見ると50代後半くらいかと思う。
どうも彼は、ある商品がいつ来ても品切れなことに腹を立てていたらしい。
人の良さそうな若い男の店員にクドクドとクレームをつけていたんだが、ロジックがいちいちありきたりでね。見ていて可笑しくなってしまった。
曰く
『子供が楽しみにしているのにいつ来ても無い。』
『特売品なら売り切れることもあるだろうが、いつ来ても無いとはどういうことだ。』
『プロなんだから仕入れを工夫したらどうだ。機会ロスが発生しているだろう。』
『人に名前を聞く前に自分の名前を言え。社会人の常識だろう。』
とのことだ。
僕はよく聞こえるところで一部始終をニヤニヤしながら眺めていたんだが、『社会人の常識』と言う言葉が出たところで思わず吹き出してしまったんだよ。
クレーマー氏にも聞こえてしまったようで、僕の方を睨みつけて『なんだぁ、テメェ!』と言ってくるではないの。
しょぼくれた見た目の割に言葉が汚くて、それもまた可笑しくてねぇ。」
「それで結局どうしたの?その手の輩とは関わらないほうが良いと思うが。」
「確かに怖いからねぇ。でも僕も昔コールセンターのエスカレーション対応をしていたことがあって、クレーマーには一家言あるんだよ。
なるべく丁寧にね、あなたがやってることは滑稽ですよって伝えてみたくなっちゃったんだ。
 
『いやぁ大変失礼しました。
でもね、安さが売りの店に対して、いつも品を切らさないようにしろって、ずいぶん横暴だなって思ったんですよ。
ここって、たくさん買い物してもせいぜい数千円ですよね。
そんなちょっとのお金しか使わないのに、さらに自分のために努力しろって、相当自分がエラいと思ってないと言えないじゃないですか。
こんな店に来るくらいだから、収入があんまりなくてケチな人なんだろうに、なんでそんなに偉そうなのかなと思っちゃって。
マァ僕もこんな店に来るくらいだから同じ穴のムジナなんですけどね。
あとね、自分は被害者で、不適切なところを改善させるためにわざわざクレームを言ってあげてるっていう感覚。
これ、クレーマーにすごく良くあるんですよ。
プロ意識、機会ロス、社会人の基本、っていう言葉はまさにこれだなぁって思っちゃいました。
それに、クレーム対応する人に自分の名前を言えっていうところも非常にイケてる。
確かにクレーム対応の研修でも、担当者名をはっきり言って私が責任者ですという毅然とした態度で接しろって出てくるんですよ。
そういった観点では店員さんの対応もウカツだった。
でも考えてみてくださいよ。
安いスーパーの品揃えにイチイチ文句つけてくるクレーマーに、自分の名前なんて教えたくないでしょう?
あなたが毎日クレーム言いに来て、○○を出せ!って自分の名前言われたらノイローゼになっちゃうよ。
そういう理不尽に耐えることを、社会人の基本って言葉でキレイにキレイに強要しようとしていて、なんというかすごく自分勝手でかっこいいなぁ、イイコトした気になってるんだろうなぁって思うと、あんまり可笑しくて吹き出しちゃったんです。』
 
とまぁ、飛びかかって殴られやしないかと思ってヒヤヒヤしながらこういうようなことを言ったんだ。
ただ、途中から向こうもポカンとしてしまってね。
僕もその場にいずらくなってしまったから、買い物かごをその場に置いて店から出て、全力ダッシュで大通りまで出て人混みに紛れたんだ。
しばらくあの店には行けないね。」
 
小西は、この話を聞きながら、笹木がこのような世界との関わり方をするようになったのはいつからだろうと考えていた。
4年前にクライアントコミュニケーション室の課長になり、お客様相談センターの統括やエスカレーション対応をするようになってから、急速に壊れて行ったような気がする。
 

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