感情表現に蓋をした人間は文学と芸術を語ろう

我々は通常、感情を表に出さず常にクールに見える人間は、精神的に安定しており、自身の感情に振り回されない人間だとみなす。
だが、感情の起伏が少なく安定していることと、感情を表に出さないことは別種の特性である。
表情、言語、語気、動作に現れない人間の心の負の活動を、僕たちは計り知ることが出来ない。
不公平に憤る。不和に悲しむ。不幸を嘆く。
様々な出来事に対して感情の起伏が生じても、その発露を放棄・抑制する人間は一定数いるのではないだろうか。
外界からの反応や救いに対する諦めでそうなった人もいれば、感情に付け入り利用しようとする人間への警戒ゆえにそうする人もいるだろう。
人並み、人一倍の感受性を持ちながらも、それを表現することで、自分や自分が愛するものが傷ついた、救いではなく罰でもって報われた。
それゆえ、感情表現に蓋をすることで、別種の生きづらさを飼いならしている。
 
これは誰でもなく、僕自身の話だ。
だから、同じように考える人に伝えたいメッセージがある。
感情表現に蓋をした人間は、文学と芸術を語るべきだ。
物語の奥にあるテーマ、音楽の構成美を語るのであれば、他者に救いを求めるでもなく、弱みを晒すこともなく、感情を発露させることができる。
僕たちにはそれが必要だと思う。

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